舌下神経電気刺激療法とは?
どのような治療法か
舌下神経電気刺激療法(Hypoglossal Nerve Stimulation、以下HNS)は、重度のいびきや閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)に対する新しい治療法として注目されています。従来のCPAP(持続陽圧呼吸療法)やマウスピース療法が効果を示さなかった患者に対し、舌の筋肉をコントロールする神経に電気刺激を加えることで、気道を広げるというメカニズムが特徴です。
この治療法は、すでにアメリカや欧州で医療現場に導入されており、米国FDA(食品医薬品局)では2014年に承認されています。装置の小型化と高精度化が進み、世界的にも臨床応用が拡大しています。
治療のメカニズムと仕組み
舌下神経とは、舌の筋肉を動かす役割を担う神経です。睡眠中、舌の筋肉が緩むと舌根が気道を塞ぎ、いびきや無呼吸が発生します。HNSでは、体内に小型の電気刺激装置を埋め込み、睡眠中に舌下神経を適度に刺激することで、舌を前方に引き出すよう促し、気道を確保します。
この電気刺激は患者の呼吸に同期して作動するため、無理に気道を広げるのではなく、自然な形で気道閉塞を防ぐ点が大きな特徴です。また、CPAPのように外部機器を顔に装着する必要がなく、見た目の負担や装着感もほとんどないことから、生活の質(QOL)にも配慮された治療法です。
どのような人が対象になるのか
舌下神経電気刺激療法は、中等度〜重度の閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)患者で、以下のような条件を満たす人が対象となります。
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CPAP療法に適応できない、あるいは継続使用が困難な人
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睡眠検査で中等度以上の無呼吸が確認された人(AHI:15以上)
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肥満度(BMI)が一定以下であること(例:BMI35未満)
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舌根部の閉塞が主な原因であると診断された人
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明確な神経疾患や重篤な持病がないこと
ただし、日本では導入例が限られており、一部の専門医療機関で臨床研究的に実施されている段階です。導入状況や保険適用の有無は地域によっても異なるため、医療機関での確認が必要です。
舌下神経電気刺激療法の効果とは
睡眠時無呼吸症候群への効果
舌下神経電気刺激療法は、従来のCPAPが合わなかった患者にとって、非常に有望な代替手段とされています。
実際に行われた臨床試験では、無呼吸・低呼吸指数(AHI)の大幅な改善が報告されています。たとえば、米国で行われた「STAR試験」では、治療後のAHIが平均で68%減少したとされており、重度の無呼吸に悩む人にとっては画期的な結果です。
また、夜間の低酸素状態が改善されることで、日中の眠気、集中力低下、疲労感なども大幅に軽減されるケースが多く、患者のQOL(生活の質)改善にも寄与しています。
いびきの軽減効果
舌下神経電気刺激療法は、無呼吸だけでなくいびき自体の軽減にも効果があるとされています。これは、気道が閉塞することで発生していたいびき音の原因が取り除かれるためです。
特に、舌根沈下が主因のいびきに対しては効果が高く、治療を受けた多くの人が「いびきの音がほとんどしなくなった」と実感しています。
パートナーからの指摘や家庭内の問題を抱えていた人にとっても、大きな心理的メリットがあるといえるでしょう。
CPAPとの違いや比較
CPAP(シーパップ)は、空気圧を用いて気道を強制的に広げる治療法で、世界中で最も一般的なOSA治療です。一方、舌下神経電気刺激療法は神経への刺激によって舌の筋肉を能動的に動かし、気道を確保するアプローチです。
以下は簡単な比較表です:
項目 | CPAP | 舌下神経電気刺激療法(HNS) |
---|---|---|
原理 | 空気圧で気道を広げる | 舌下神経に電気刺激を与える |
機器 | 就寝時にマスクとチューブ装着 | 体内に電気装置を埋め込む |
外観の目立ちやすさ | 高い | 目立たない |
継続率 | 低下しやすい(不快感) | 高め(快適性) |
保険適用 | 日本で適用あり | 日本では限定的(自費または一部研究施設のみ) |
患者によっては、「CPAPの機器が煩わしい」「見た目や装着感が気になる」という声も多く、HNSはより自然な睡眠を求める人にとって魅力的な選択肢といえるでしょう。
実際に受けた人の評価や臨床研究の結果
国内外の研究結果
舌下神経電気刺激療法に関する臨床研究は、欧米を中心に多数報告されています。特に米国で行われた「STAR試験(Stimulation Therapy for Apnea Reduction)」は代表的で、以下のような結果が示されました。
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治療群のAHI(無呼吸低呼吸指数)が平均68%減少
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患者の約80%が治療に満足と回答
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酸素飽和度や覚醒反応の改善も確認
この結果は、CPAP治療に不耐性な患者への強力な選択肢としてHNSの有用性を裏付けています。
日本国内でも、大学病院や一部の専門機関において臨床研究が進められていますが、現段階では自由診療や治験の枠内で行われており、保険適用はされていません(2025年現在)。ただし、今後のエビデンス蓄積によって保険適用の可能性が広がることが期待されています。
副作用やデメリットはある?
HNSは高い効果が期待される一方、外科的処置を伴うため一定のリスクも存在します。
報告されている主な副作用には以下のようなものがあります。
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手術部位の腫れ・痛み(術後数週間程度)
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刺激時の違和感(慣れることで軽減)
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電池寿命による再手術(5~10年程度で交換)
また、神経刺激の強さやタイミングは個別に調整が必要であり、効果を実感するまでに時間がかかることもあります。医師との綿密なフォローアップが不可欠です。
患者満足度と継続率
CPAP治療では「不快感で装着をやめてしまった」という声が少なくありませんが、HNSでは継続率が高く、患者満足度も良好です。
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装置が体内に埋め込まれているため、外部機器の煩わしさがない
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寝返りや就寝中の動作を妨げない
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手元のリモコンでオンオフが可能なため、コントロールしやすい
このような理由から、
「自然に近い睡眠を取り戻せた」
「仕事や家庭生活が改善した」
という声も多く寄せられています。
舌下神経電気刺激療法のデメリットと注意点(修正版)
外科的手術が必要
舌下神経電気刺激療法は、体内に医療機器を埋め込む外科的手術を伴う治療法です。
治療では以下の3つのパーツを体内に挿入します。
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刺激電極(舌下神経に装着し、筋肉を刺激)
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呼吸センサー(呼吸のタイミングを感知)
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パルスジェネレーター(電気刺激を送る装置)
このため、手術に伴う感染リスク、術後の腫れや痛みなどは避けられません。
術後は数日〜数週間の経過観察や刺激設定の調整などが必要であり、完全に効果を発揮するまでに時間がかかることもあります。
費用と保険適用の現状
かつては自由診療扱いで100万円を超える高額治療でしたが、2021年より公的医療保険の適用対象となったことで、負担額は大幅に軽減されています。
現在では、3割負担の場合でおおよそ20万円程度で受けられるようになりました(病院・地域により若干の差あり)。
ただし、保険が適用されるには**「中等度以上の閉塞性睡眠時無呼吸症候群で、CPAPが使えない患者」などの条件**があります。
誰でも受けられる治療ではないため、事前の検査や診断で適応判断を受ける必要があります。
対象者が限られる
この治療法は、以下のような条件を満たす人に限定されています。
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中等度〜重度の閉塞性睡眠時無呼吸症候群
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CPAP治療が不可能または無効であること
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BMIが35未満であること
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舌下神経や咽頭構造に重大な異常がないこと
これらの条件を満たすかどうかを判断するためには、PSG(終夜睡眠ポリグラフ検査)や耳鼻咽喉科的評価が必要です。
まとめ:舌下神経電気刺激療法はどんな人に向いているか
いびきや睡眠時無呼吸症候群の治療において、舌下神経電気刺激療法は革新的なアプローチとして注目されています。
特に次のような人には、効果的かつ現実的な治療手段となる可能性があります。
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CPAP療法が合わず中断してしまった人
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中等度〜重度の閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)と診断された人
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外科手術に対する理解と準備がある人
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費用負担を含めた長期的治療に前向きな人
一方で、すべての患者に適応できるわけではなく、専門医による診断と評価が不可欠です。
また、保険が適用されないことや手術が必要であることも踏まえ、十分な情報収集と検討が求められます。
いびきがひどく、日常生活や家族関係に支障をきたしている場合は、単なる「音の問題」として放置せず、専門の睡眠医療機関に相談することをおすすめします。
舌下神経電気刺激療法は、これまで治療に行き詰まっていた方にとって新たな希望の道筋となるかもしれません。
参考・引用情報
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米国睡眠医学会(AASM)
https://aasm.org -
STAR Trial(Stimulation Therapy for Apnea Reduction)臨床研究報告
https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT01161420 -
Inspire Medical Systems(舌下神経電気刺激療法の先進企業)
https://www.inspiresleep.com/ -
厚生労働省:睡眠時無呼吸症候群に関するガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/
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